<Last modified 97/11/19>
10月9日
10月12日、守山市民ホールで開かれるミッションに参加せよ」密命をおびて、男は京都駅に降り立った。
まずは、「己を知り敵を知れば百戦百姓(なんか漢字がちがふ)」てな諺もあるので、敵情視察(観光ともいふ)。ここ10年来要調査事項だった「泉屋博古館」に侵入し、そこが「ガラクタの山」でも「大エジプト秘宝展」でもない紀元前の中国の文物の宝庫であることの確認をすませた。そして、現地工作員から報告のあった、敵の物資補給拠点(楽器店ともいふ)の調査にはいる。
三条河原町のバス停から、六角通りを西に入って探索をおこなう。番地だけで目的地にたどり着くのがプロフェッショナルというものだが、この国独特の「中京区三条通寺町東入石橋町三条新京極東」などという住所表記には、らちがあかなひ。「しゃーないなぁ」とつぶやいて、ふと右を見ると、第一目標の「JEUGIA」があった。
「俺には幸運の女神がついているのさ」誰も聞いていないのに一言つぶやき、先程までの「おのぼり迷い人」の表情をとりなして侵入。一番上の階が楽器のフロアで、もひとつ下の階が楽譜関係となっている。
全体に、マニアックなものはないが、基本線はきちんと押さえていて、無駄がない。常設のリペアルームなんぞもあって、なかなかあなどりがたし、といった状況だ。
次に寺町通りを北進し、第二目標の「コイズミ楽器店」へむかう。ほどなく到着。「なんだこれは!!(ばい、おかもとたろー)」。龍笛・ひちりき・月琴・胡弓・シタール・ウードにはじまって、ありとあらゆる謎な楽器が・・きわめつけが、さきほど泉屋博古館で現物をみてきた「編鐘」(銅鐸みたいのが、音程別にうじゃうじゃあるやつ)。これは要調査だ。さっそく現地民に価格をたずねる。「100万円!!」この国の貨幣価値に、やや驚かされる。このまますごすご帰ると、「怪しいやつ」として現地の官憲に密告されないとも限らないので、謎のアフリカのホイッスルを購入して、あいそ笑いを残して撤退。合理性あふれる「JEUGIA」とは対象的に、ここは存在自体が無駄・・もとい奇特であった。
本来なら、この国の民衆の栄養源の一つである「近江牛」や「二段構造のうな重」の調査もしたかったが、以前戦場(肉体労働ともいふ)で痛めた古傷がうずくので、とりあえず、こちらも拠点を構えることにする。電車で瀬田に移動し、いかにも機能美にあふれた「ビジネスホテル(=安宿)」に寝床を確保。ここなら、現地指導者とも連絡がとりやすそうだ。敵の根拠地の一つ「大津」で買った現地の携帯食「祭りの鯖鮨」を、ビールとともに空っぽの胃に流し込んで、寝る。
10月10日
「瀬田アーバンホテル」の朝、窓からはびわこがみえる。最高の景色だ。この駅周辺にある3つのビジネスホテルのなかで、この景色を拝めるのはここだけ。俺って冴えてるぜ(単に一番安かっただけ)。
いよいよ現地指導者と合流(ひろってもらう、ともいふ)。ホテルの前に現れたのは、軽のワンボックス。後ろの席には秘密兵器「ちんぱに」を積載している。あまり長く止まっていると、怪しまれるので、そそくさと乗り込む。中には現地指導者(コードネーム「加トちゃん」)そして・・秘密兵器の間に隠れるように、もう一人の女性。さすがだ。こんなときにも忍びの訓練をかかさないとは。おっといかん、圧倒されるところだった。表情をとりなして、おしゃべり。笑いも少し入れる。俺のは一枚違うぜ(レベルが低い分)。
なんやかんやで、演習場の「大津市生涯学習センター」に到着。「音楽室」のドアを開けると、にぎやかな銃声が飛びかっていた。その場の雰囲気からも、歴戦の勇士が多いことがビンビン伝わってくる。
集っていたおーぼえ部隊は十数人。それだけでもこの作戦の、規模のすさまじさがわかる。「退役の期間が長かった俺に、果たしてつとまるだろうか・・」そんな不安を隠して、おーぼえ一番隊の後方に陣取る。そこで、軽い射撃訓練をしていると、さらに戦士たちが加わって、陣形がかなり密集してきた。柔軟かつ場当たり的な陣形変化の末、右の突端(オケのびおろん風にいうと1外)に押し出される。武者震いがするぜ(ひきつってるだけ)。
そんななかを、指導者加トちゃんの言葉がとんだ。「指揮者のせんせーがきはるまで、もうちょっとかかるのでぇ、いちどあわせときましょ」。特別指揮官を手配していたとは・・おそるべし加トちゃん、などと考える間もなく、各隊の照準調整(ちゅーにんぐともいふ)が始まる。すると、過去の作戦会議に数回参加しているとおぼしき、隣の女性兵士が、基準点を示したので、ほっとする(よーは細かい席の配置なんて、どーでもいーってなことね)。各隊の照準があったところで、いよいよ合同演習が始まる。
「王宮の花火の音楽」と名付けられた今回のミッションは、3つの作戦からなっている。まずは第一作戦の「Ouverture」だ。この作戦は、堂々たる一斉砲火→速射→一斉砲火→速射、という手はずになっている。おーぼえ式単発銃にとって、速射はかなりのヤマだ。
さっそく演習が始まる。過去の演習に参加してきた者達が、基本的なテンポは押さえているので、そんなに大きくは乱れない。速射の部分は、やはり難所であるためか、「長篠の合戦式交代射撃」の傾向が出る。
次に第二作戦の「La paix」だ。ここで加トちゃんの指示が飛ぶ「ここはぁ〜、Solo(前半一回目)→Tutti(前半二回目)→Tutti(後半一回目)→Solo(後半二回目)ですのでぇ、各パート、ジャンケンでSoloの人決めてくださいぃ〜」。というわけで、この国でもっとも民主的な方法で、単独射撃手が決められた。不幸にも(本心=大ラッキー)役目は、ほかの人へと決まってしまった。おーぼえ一番隊はもちろんだが、二番隊の少女軍服(せーらー服ともいふ)着用の単独射撃手と、三番隊の童顔の単独射撃手(あとで聞いたら社会人)が、しっかりとした銃声を轟かせていたのが、印象的だった。
次に第三作戦の「La Rejouissance」だ。これは前半の射撃を、強さを変えながら3回くり返し、後半も同様に3回くり返す。くり返しの先頭の銃撃が、弱気になりがちだったが、俺はそこをあえて強気に行った。強気に行きすぎたところもあったが、細かいことは気にしない。
なんだかんだで、一回目の総合演習が終わる。ゲリラ的に参集した戦闘部隊(おまつりバンドともいふ)独特の雰囲気が、印象的だった。それに、後方支援のらっぱ隊も、忍者の本場「甲賀」が近いせいか充実しているし、バズーンカ砲部隊も強力だ。これで、おーぼえ隊も安心して突撃できる。
なんだかんだで、一回目の総合演習が終わる。ゲリラ的に参集した戦闘部隊(おまつりバンドともいふ)独特の雰囲気が、印象的だった。それに、後方支援のらっぱ隊も、忍者の本場「甲賀」が近いせいか充実しているし、バズーンカ砲部隊も強力だ。これで、おーぼえ隊も安心して突撃できる。
しばらくして、特別指揮官が登場。「今回は、当日に合流する人もいますし、お祭りということなので、ざっといきましょう」さすが、歴戦の勇士だ。各地の連合軍(寄せ集めともいふ)の扱いは適切。単純かつ明確な指示だ。
いよいよ最終演習が始まった。演習が始まると、指揮官のさがというか、やはり指示か入る。指示はきわめて簡潔。だが、それによって、合奏がみるみる変わっていくのが、合同作戦が久しぶりの俺には、ものすごく新鮮だった
演習が終わり、1階の食堂に降りる。作戦当日の打ち合わせも兼ねて空腹をみたす。若い男性兵士と向かい合いの席で黙々と食事をしていると、横の女性兵士たちから茶々が飛ぶ。こういった光景さえ、ものすごく新鮮に感じられる(単なるおやじの喜びの世界)
その後、かとちゃんと、以前から連絡をとり続けてきた現地工作員「そはし」とで、「ちんぱに」を格納に武器保管庫へと向かう。外人部隊である俺は、怪しまれないように、「ちんぱに」の間に身を潜ませる。こんなこともあろうかと思って腹にクッション(脂肪ともいふ)を仕込んでおいて大成功だ。
作業を済ませ、琵琶湖周辺を探索する。のびのびとした、いいところだ。まさかこんなところで3日後に大作戦が展開されるとは、誰も想像がつくまい。
本日の活動を終え、ビールを煽って寝る。とびきりのレーウェンブロイの味は、作戦の成功を予感させるに十分だった。
10月11日
今日は、敵の根拠地のひとつ「大坂」の真っただ中にあるレジスタンス拠点をめざす。それが存在する、といわれたところは、一見たたのマンションだった。さすがだ。ここまで一般民衆のなかにまぎれるとは。エレベーターでうえにあがると、その一室が現地拠点「アトリエ・アルファ」となっていた。その装備は、武器がずらずらというわけではないが、筋はおさえている。なによりも、3人・5人といった小規模部隊用の作戦書が、センスよく選び抜かれているのが、印象的だった。
10月12日
いよいよ今日は、ミッションの日。ホテルを引き払って出撃する。戦う男は縁起をかつぐもの。火打ち石を忘れたのが用意周到の俺らしからぬが、まあ、しょうがない。しかし、そのまままっすぐには戦場には向かわないのが、エージェントたるゆえん。敵の前線基地「草津」で電車を降りる。近鉄デパートでこの地域の重要な栄養源のひとつ「鮒鮨茶漬け」をゲットする。
ついに、約束の地「守山」に乗り込む。とりあえず、駅前でラーメン(無茶苦茶こってりスープ)を胃に流し込む。戦場への兵員輸送車(バスともいふ)を探すが、あと一時間ほどないことを発見。ここは臨機応変ということで、歩き出す。途中の商店街で、肉屋を発見。今回の主要調査事項のひとつ、現地の主要栄養源「近江牛」の牛刺しを確保。こんなこともあろうかと思って、歩いたのさ(この後、ホールまでの距離が想像以上にあって、ものすごく後悔した)
やっとのことで、戦場たる「守山市民ホール」に到着。さっそく控え室に入ると、そこには既に射撃練習をしている男かいた。一風変わった砲声。なんと仏式バスーンカ砲(バッソンともいふ)ではないか。その歌うような高音の砲声に聞きほれるが、すぐ我に帰る「ここは戦場じゃないか」俺も武器を取り出して、射撃練習に入る。
戦意をためるため(ボロがでないように、との話もある)におさえて練習をしていると、隊員がぞくぞくと入ってくる。俺は隙を見計らって戦闘服に着替えた。
しばらくして、いよいよ時間がせまり、全体照準調整室(リハーサルルームともいふ)へと向かう。途中、先発の部隊が照準調整中とのことで、廊下に待たされる。ふと周りを見回すと、様々に変装した我が部隊員達がいた。中東風の服&かつらをした者、歯科衛生士の様相をした者から、高校の体育祭風、Tシャツにネクタイの酔っぱらい風までいる。これなら、敵の一般市民の中に混じっても目立つまい(ステージじゃ、かえって目立つって)。
先発部隊の照準調整が完了し、いよいよ我が部隊も最終調整にはいる。床の摩擦係数の低さに注意しながら、配置を完了する。おーぼえ式単発銃をびおろん式マシンガンにみたてたオケ式陣形だ。いよいよ最終演習、というところでちょっとしたトラブル。規準点を示す女性兵士が、照準調整装置(チューニングメーターともいふ)を準備してこなかったという。あわてて俺が、らっぱ隊から装置を調達してくる。作戦書用のスタンドとかがあるわけではないので、そのまま俺が調整装置のスタンド代わりを務めた。一応言っておくが、決して女性兵士だからサービスしたわけではない。ということにしておいてくれ。本番に備えて、鋭気を使い果たさないように気をつけながら、最終演習を過ごした。
そして、ついに声がかかり、我々は戦場という名の晴れ舞台に飛び出した。作戦が開始される。
まずは第一作戦。速射の部分は、いつのまにか皆が身につけた、完璧なまでの「長篠式交代射撃(フォローのしあいともいふ)」で乗り切る。
第二作戦。各隊の単独射撃手も見事に的に決める。一斉射撃では焦点が定まらない部分もあって、高い銃声と低めの銃声のどちらに合わせたらいいのか、迷う部分もあったが(人に合わせるばかりじゃなくって、自分で音程を作らんかぁ〜!)作戦全体の前へと進もうとする流れはしっかりしており、なんとか乗り切る。
そして最終の第三作戦。銃の重さと、久々の長時間連続射撃に、右肩はボロボロだったが、強力な流れに前に押し出されるように、フィナーレを迎えた。
作戦終了。速やかに撤退する隊員達の顔が、ミッションに成功に皆上気していたのが、印象的だった。
勝利には、やはり美酒での祝杯が必要だ。夜まで残れたメンツで、打ち上げに向かう。会場は、この作戦をしめくくるにはふさわしい、世界制服をたくらむ謎の焼肉屋「麗門」だ。その焼肉コースメニューがなぜ「世界一周コース」と呼ばれるのかの説明を、店主から受けてはひっくりがえり、10番まである店歌を、酔った弾みで某有名大学合唱団が吹き込んだというテープで聞いてはのけぞった。俺達はこんなに恐ろしい連中を相手に、戦っていたのかと思うと、背筋が凍る思いだ。
目一杯騒ぎ、そして笑いこけたこの店を後にする。ともに戦った戦史たちともここでお別れだ。さあ、帰りの電車が来るまで、どうやって時間を過ごそうか、と考えていたところ、加トちゃんたち大津近辺グループが、お茶に誘ってくれた。夜のファミレス。俺はまたもや、くだらない話ばかりしていたが、楽しい時間を過ごさせてもらった。
夜の10時半。大津駅まで送ってもらう。別れを惜しみながら、改札をくぐる。急激な冷えこみに、凍えるような思いをしながら10分程待つと、帰りの電車「寝台”急行”銀河号」がホームに入ってきた。万感の思いを胸に、俺は電車に乗り込んだ。つかの間の休息。とりあえず、今日は眠らしてもらおう・・・・とおもったが、オヤジがあるさくで眠れなひよう・・・・・