<Last modified 96/12/29>

私的リードケースメイキング史


 過去のリードケース作成の、試行錯誤の歴史です。ほとんど「失敗作集」と化しています。


☆前史

 高校1年の夏、初めてJDRに行ってリードケースを買う。値段が高かったので、10本入りしか買えなかった。
□歴史的評価
 このとき20本入りを買えるだけのお金があったら、今のbenobeは有りえなかっただろう(おーうそ)

☆旧鉄器時代

 高校1年の冬、リードの自作を始めて、市販の10本入りのケースでは足りなくなる。そこでカンペンを改造してリードケース(もどき)を作る。
□歴史的評価
 カンペンケース(筆箱)に、ウレタンを切ったものを詰め込んだ程度で、非常に幼稚。
○現存史料
 さすがに後世に残すべきものでは、無かったものらしく、完成品は現存しない。ただし、そのときの残骸と思われるウレタンのかたまりが、先日部屋の片隅から発掘された。(下記写真-1、想像図-1参照)


☆新鉄器時代

 高校2年の夏、たまたまビロードの生地を入手する。そこで、内装を木とピロードで作成するようになる。ケース自体は、相変わらずカンペン(ちゅーんどbyべのべ)
□歴史的評価
 この時期に、今でも使われる内装技術のうち、リードの糸の部分を押さえるところの、作成技術は発生していたものと思われる。ただし、設計が非常に幼稚であったため、移動中にケースの中でリードが動き、破損等があったものと思われる。
○現存史料
 さすがに後世に残すべきものでは、無かったものらしく、完成品は現存しない。ただし、カンペンケース自体はお気に入りであったらしく、接着剤の跡がいたいたしいカンペンケースが、先日倉庫から発掘された(下記写真-2参照)

☆旧木器時代

 高校2年の冬、地元の店でたまたま小型ちょうつがいと、房下りを発見する。そこで、木製ケースを自作して、それをリードケースとするようになる。
□歴史的評価
 内装技術は、この時点でほぼ完成している。ただし外装は、布を貼ってそれをペンキで塗装したものと思われる(皮の入手が困難だったのだろうか?)。
 右端に謎の空間があり、発掘時にはプラークが入っていた。これは本来プラーク用に作ったスペースではなく、設計ミスで空いてしまった部分を、こじつけでプラーク入れにしたものであろう。そのためか、21本入りという非常に半端なものとなっている。
 また,他にも幼稚な部分があり、実際にリードを入れてみると、左右の間隔が狭すぎるために、隣のリードどうしが衝突するようだ。
○現存史料
 古代人がごみだめとして利用していた場所(倉庫の棚ともいう)から発掘された。(下記写真-3参照)発見場所からして、後世に伝える意図はなく、捨てわすれかと思われる。


☆中木器時代

 大学1年の夏、東急ハンズとの劇的な出会い。自作暴走族と化す。安価な合成皮革を入手し、ちょうつがいを排した構造で作りなおす。
□歴史的評価
 外装・内装ともに技術的には完成している。ただし設計面では問題がある。
 旧木器時代には、リード間の「仕切り」を2mm厚にして、薄すぎたため隣あうリードの衝突で失敗しているが、この時代は「仕切り」を3mm厚になっている。だが、このために、移動中にリードがケースの中で動いて、隣のリードに衝突してしまう。
 この現象の改善のためには、次の時代の画期的な新技術の発明を、またねばならない。
○現存史料
 (下記写真-4参照)

 


☆新木器時代

 仕切り用の2.5mmの板をどうやって作るか、考えているときにふとひらめく。2mmの板に0.5mm程度のボール紙を貼る、という画期的な技術(姑息な逃げともいふ)が開発され、成熟期をむかえる。
□歴史的評価
 技術的には、ほぼ完成している。ただし、比較的耐久性の弱い「房下り」にかわる金具の入手が求められよう。
○現存史料
 (完成見本参照) また、当時、何人かの人にプレゼントされたようだ。

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